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Shunです。五反田ダイニング「器」の、ネット担当ということで、よろしくお願いいたします。趣味の話、お酒の話、お料理の話…思いつくまま書いていきます。どんな、展開になるのやら?!

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2010年7月

2010年7月24日 (土)

器のお勧め 夏酒&鳥せせりのペペロンチーノ

夏のお勧め料理のひとつが、

鳥せせりのぺぺロンチーノ。

ぺペロンチーノと聞くと、すぐにパスタを

連想してしまいますが、

イタリア語で、唐辛子のこと。だそうです。

鳥せせりとは、首の筋肉の部分。

1羽からは、わずかしか取れない部位です。

もも肉よりも脂身が多く、筋肉なので弾力があり、

噛むほどにシュワッと肉汁が出てくる

味わいのある鳥せせり。

板さんが、おいしく焼き上げました。

ペペロンチーノとせせりの

独特な食感をおたのしみください。

さて、この料理にぴったりのお酒は?

いろいろな蔵元さんが、

夏向きということで

工夫をこらした、お酒を造っています。

一口で言えば、サッパリとした辛口が多いようです。

本当は、自身で飲み比べて、

夏のお勧め料理に合う

自分の夏酒を見つけてほしいと

思いますが、私が勝手に選んだ

3本を紹介します。

ま、私の独断評を。

まずは、山形の新藤酒造さんの、

裏雅山流・粋華

日本酒度+3。酸度1.2。

華やかな香りと、切れの良さが身上の、お酒です。

固定概念にとらわれないで、

山形の天地の中で常に自然体で、酒づくりの技を

磨き上げていきたい。

という、雅山流杜氏 新藤雅信さんの自信作ともいえるお酒。

ジュージュー焼くような、夏のスタミナ料理にお勧めかな。

次いで、奈良。千代酒造さんの篠峰・夏凜。

日本酒度+5、酸度1,7。

ちょっと酸度を高めにしてあるのが、特長です。

原料米、備前雄町のふくらみのある香りと

澄んだ酸の瑞々しい味わいが

口の中に広がります。

喉ごしも、さわやか。

焼き野菜や、肉料理に、

よくあうお酒といえます。

ちなみに、篠峰は、蔵元さんの西側に聳える、葛城山の別名とのこと。

最後は、秋田のど辛。

日本酒度+12、酸度1.4。純米酒

五能線で行くと秋田県側、最後の駅
(余談ですが、次の駅は青森県)、

八森町の白瀑酒造さんが作り上げた、辛口の傑作。

口に含むと、原料米、めんこいなの旨みが

口の中に広がり、

その後のスキッとした切れ味の鋭さ。

それでいて、お料理の味を壊さない。

むしろ引き立てる。さすがです。

暑い夏に、ぴったりのお酒といえます。

と、3タイプの日本酒、夏バージョンを

ご紹介しました。

それぞれ、おいしさに違いがあります。

私の、つたない文章力では、

おいしさを伝えきれていないような気がしますが、

そこはご勘弁を願って…。

あなたなら、どれを選びますか?

まだまだ、暑い夏が続きますが、

キリと冷えたおいしい夏のお酒と、

お料理で、暫しの涼を楽しみましょう。

でも、こんなおいしいお酒と、お料理に出会えるなら

暑い夏も、悪くはないかも…。

きょう、ご紹介した日本酒のなかには

数の少ないものもあります。

もし、ご来店いただいて、

売り切れの場合はご容赦ください。

別の、夏酒が入荷していますので

そちらをお楽しみください。

その他のお勧めは、こちらで。ご覧ください。

http://www013.upp.so-net.ne.jp/utsuwa/sub7.html


2010年7月21日 (水)

鳥と鶴?日本ウイスキーの誕生物語・その2

竹鶴が、摂津酒造の

阿部社長を、説得しイギリスへ留学。

というお話の続きです。

竹鶴は、グラスゴー大学で蒸留理論を

学びながら地元の醸造所で働きはじめました。

その醸造所で人一倍熱心に働きながら

ウイスキー造りを

自分のものにしていきました。

やがて、竹鶴はリタというスコットランド女性と

恋に落ち、結婚し、彼女を連れて帰国しました。

しかし「摂津酒造」に戻ってみると、

「摂津酒造」ではもはや「ワイン」など

洋酒を造ることは止めて、

日本酒作りに専念していたため、

竹鶴の居場所がなくなっていました。

彼は、摂津酒造を去り、教師となり暮らしはじめました。

同じ頃、鳥井はイギリスの友人を通じて

ウイスキー作りの技術者を、探していました。

返事は、日本人にも優秀な技術者がいる

タケツルという男だ。ということでした。

しかも、この時の日本は、日英同盟を、

破棄していたのです。

イギリスの技術者を呼ぶことは困難でした。

鳥井は、竹鶴の元を訪れます。

それは、教師になって1年後のことでした。

そして「壽屋に来ないか」と誘った。

鳥井商店は、大正10年壽屋に変わっていました。

一緒に本格的な国産ウイスキーを造ろう

と説得しました。

一も二もなく、了承したと思います。

彼は、10年という期限付きで壽屋に入社。

竹鶴は、蒸留所をスコットランドに近い気候の

北海道にしたかったようでした。

しかし、流通や製造コストなどの面から

鳥井の考えで、京都の山崎に工場を

創ることを承知させられたようです。

竹鶴は、新しい工場建設のための

「工場建設主任」なりました。

これが、今のサントリー「山崎蒸留所」。

そして2人の努力が実って誕生したのが、


本格的な国産ウイスキーの記念すべき第一号

「サントリーウイスキー」。

1929年(昭和4年)のことでした。

当時は単に「サントリーウイスキー」

だけでしたが、

ラベルが白かったため、愛飲者たちから「白札」

と呼ばれるようになり、戦後は「シロ」と呼ばれ、

1964年からは、

現在の「ホワイト」の愛称となりました。

続いて翌年1930年(昭和5年)に

2人が生み出したのが、

「白札」より価格を抑えたウイスキー、「サントリー赤札」。

これがのちの「サントリーレッド」です。

やがて、1931年(昭和6年)、

竹鶴は鳥井の勧めで

英国とフランスにワインとリンゴ酒の

研究留学に旅立ち、

翌年帰国します。

しかし、この頃から次第に2人の間に

ウイスキーに対するこだわりに違いがあることを

はっきりと認識するようになったようです。

そして、1934年(昭和9年)に、

ついに竹鶴は壽屋を退職してしまいます。

そしてスコットランドの風土に

よく似た北海道余市に

理想の原酒工場を建てようと

決意することになります。

さて、この辺のいきさつと、

ニッカの誕生に関しては

またの機会にということで・・・。

最後に。

袂を分かった2人ですが

竹鶴が鳥井を尊敬していた事を

伺わせる文章があります。

後年、竹鶴が、

自分の著書でこう書いています。

~とにかくあの清酒保護の時代に、
鳥井さんなしには民間人の力で
ウイスキーが育たなかっただろうと思う。
そしてまた鳥井さんなしには
私のウイスキー人生も考えられない~

(竹鶴政孝著「ウイスキーと私」より抜粋原文引用)

2010年7月19日 (月)

鳥と鶴?日本ウイスキーの誕生物語・その1

ここに、テイスティングをしている、

2人の写真があります。

晩年のサントリーの創業者鳥井信治郎氏

晩年のニッカの創業者である竹鶴政孝氏

日本最初のウイスキーは、

この2人の情熱が作り上げた

といっても過言ではありません

(以下失礼とは思いますが、敬称略)
さて、サントリーの創始者である鳥井は、

13歳の時に薬問屋で商売を学ぶために、

奉公ににでました。

そこでの知識を生かして、

彼はワインを創りたいと

考え、20歳で独立をしました。

鳥井商店です。

もちろん、資金も設備もありません。

彼は、独習したワインの

製造ノウハウに基づいて

しっかりとした製品を作ってくれる

作り酒屋を探しました。

結果、鳥井の要望通りに作って

くれることになったのが、

近江商人の豪商、阿部喜兵衛が創立した

「摂津酒造」でした。

そこで働いていた技術者が、

広島の造り酒屋の息子、

竹鶴政孝でした。

彼は、鳥井より15歳年下の若者。

洋酒づくりに惚れ込んでしまい、

実家の作り酒屋に戻ることなく、

洋酒造りをしていたそうです。

そんな竹鶴が作った、

「赤玉ポートワイン」が

世に出ることになりました。

その時鳥井は、28歳でした。

価格が高かった割には好評で、味も良く

売り上げがどんどん伸びていった。

もちろん、広告を重視した、鳥井の販売戦略の

うまさも、見逃せないと思います。

日本初の、ヌード(っぽい)ポスターや

落書きのような新聞広告。
(今見ても、インパクトありですね)

ワインを食前に飲む、薬用酒として

のポジショニング。など。


鳥井は、素晴らしいマーケティングマンでした。

この頃になってからようやく、鳥井と竹鶴の二人は

本格的な国産ウイスキーを造ろうと

意気投合したのでは

ないかと思います。

このときには、まだ2人で

という話ではなかったようです。

そして、2人は

別々に夢に向かって動き出しました

摂津酒造の社員である竹鶴は、同社の阿部社長を説得。

社長も、ほんものの国産ウイスキーを。

という思いでいたようです。

そして、竹鶴は、スコッチ・ウイスキーの本場

イギリスへ実務留学をしました。

竹鶴24歳。

いよいよ、国産ウイスキー誕生の話ですが、

長くなってしまいそうなので、次回に譲ります。

お楽しみに。ということで。

2010年7月14日 (水)

器のお勧め 日本酒篇「夜明け前ほたる祭」

木曽路は、はすべて山の中である。

あるところは岨(そば)づたいに

行く崖の道であり、

あるところは数十間の深さに臨む

木曾川の~

の書き出しで始まる、

夜明け前。

幕末から明治維新にかけての

人間群像を描いた

文豪、島崎藤村の晩年の傑作です。

そのタイトルを冠したお酒、

それが夜明け前。

お酒の話の前に、

岨(そば)ってなんだっけ、

ということで、調べたら

山の切り立った険しいところ。

という意味でした。

昔に、読んだはずなのに、忘れていました。

さて、お酒の話にもどすと

上伊那の最北部、

旧中山道と三州街道とが交わる

辰野町小野宿に、夜明け前の

「小野酒造店」さんがあります。


「夜明け前」の名前は、

島崎藤村のご長男である

初代藤村記念館の館長…島崎楠雄氏に

頂いたそうです。

ラベルの文字も楠雄氏が

自ら書いてくれたたものだそうです。

はっきりとした主張があり、

それでいてどこか優しさのある

なかなかの書体だと思います。

辰野町はホタルの乱舞が見られる、今や希少な土地。

「辰野ほたる祭り」が6月下旬に、毎年開催されています。

小野酒造店さんの、故郷への愛情が伺える、

サブタイトル…ほたる祭り。
 
ほたる祭りは、夜明け前シリーズのなかでも

夏限定で創った、お酒です。

日本酒度4、酸度1.5。

酸度をやや高めに設定していますので

爽やかに飲める吟醸酒。とのこと。

ふっくらと広がるフルーティな香りと、 

スッと喉を通り、

余韻を引きすぎないキレの良さが特長です。  

山深い里で、ホタルの群れが舞う、

ファンタジックな光景を

思い浮かべながら、味わってみましょう。

お酒も、ほんの少しイマジネーションを

働かせて飲んでみると

きっとこれまで以上に、

おいしくいただけるのかな…と、思います。


夏限定品のため、無くなり次第終了です。お早めに。

その他のお勧めは、こちらでご覧ください。
http://www013.upp.so-net.ne.jp/utsuwa/sub7.html

2010年7月 7日 (水)

器のお勧め 焼酎篇「旭万年星」

今週、器のお勧めは、渡邊酒造場の

麦焼酎、旭万年星。

なにか、ロマンチックな名前ですね。

はだか麦を使用した、

常圧蒸留の麦焼酎です。

ふるさとの麦で焼酎を造りたい

という創業者渡邊壽賀市氏の思いが

実を結んだ焼酎です。

彼の故郷である愛媛県で栽培されたはだか麦

「マンネンボシ」という品種を使用。

これが、名前の由来です。

もちろん麹も、はだか麦。

現在は、創業者の思いを、受け継いだ

四代目、五代目が作り続けています。

はだか麦の香ばしく芳醇な香り。

そして濃厚な旨みを持つ、

飲みごたえのある麦焼酎です。

水割りにしても味と香りがしっかりとしていて、

いわば腰のすわった焼酎。

器でぜひ、味わってみてください。

私のお勧めの飲み方は

オンザロックです

ただ、年に一度の限定入荷のため、

無くなりしだい終了です。

味わうなら、お早めに。

その他のお進めは、こちらでチェックを

http://www013.upp.so-net.ne.jp/utsuwa/sub7.html

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